LOGINその後、三人は直之の車で病院へ向かった。
倉庫から脱出した直後は平気だと言い張っていた淳だったが、車へ乗り込んでしばらくすると、徐々に顔色が悪くなっていった。
「淳?」
「……大丈夫です」
「全然大丈夫に見えないわよ」
「煤を吸っただけです」
「それだけじゃないでしょう」
瑠理子が見ると、淳の右腕からまた血が滲んでいた。倉庫の中では暗く、まともに確認できなかったが、ジャケットの袖は広い範囲で破れている。「これ、擦り傷じゃないじゃない!」「少し切っただけです」
「少しでこんなに血が出るわけないでしょう!」
「お嬢様、声大きいです」
「誰のせいよ!」
前の座席から、直之がバックミラー越しに二人を見る。
「橘君」
「はい」
「諦めて病院で診てもらって。瑠理子は君が診察されるまで騒ぎ続けるよ」
<「寝てなきゃだめじゃない!」「私は大丈夫だ。それより話をしたい」 一郎の顔はまだ青白いうえ、額には包帯が巻かれている。けれど、目はしっかりしていた。「義昭君が脅されていたかもしれないという話だ」「お父様……」 一郎は淳を見る。「淳君、すまなかった」「え?」「私は、義昭君の異変に気づけなかった」 一郎が唇を噛む。「あれだけ助けを求めていたのに」「一郎さんのせいじゃありません」「いや」 一郎は首を振った。「義昭君は私を信用して会いに来たてくれたんだ。それなのに私は、深く聞こうとしなかった。彼のSOSに気づけなかったんだ」 申し訳ない、と項垂れる一郎を見て、淳は声をかけた。「一郎さん、顔を上げてください。今から一緒に見つけましょう。父が何を知ったのか、誰に脅されたのか、そのすべてを」「……ああ」 一郎は強く頷いた。「私も協力する」 瑠理子は二人を見る。 前世では憎み合った二人。淳と父。父は淳に追い詰められ、死んだ。 それが今、同じ目的のために並んでいる。未来が確かに変わっていると思えた。 ※ その日の午後。海原グループの過去の社内記録を確認していた直之から、再び連絡が入った。『見つかった』「何が見つかったの?」『義昭さんの過年度資料閲覧申請だ』「…&hell
一郎はそのまま救急車で病院へ運ばれた。頭部を強く打っていたため検査が行われたが、幸い命に別状はなく、脳震盪と腕の裂傷で済んだ。「よかった……」 医師の説明を聞き、瑠理子はようやく力を抜いた。「今日は念のため入院してもらいます」「はい。お願いします」 病室へ移された一郎を確認してから、瑠理子たちはすぐに次の行動へ移った。 直之が手配した専門業者と警察が海原邸へ入り、彼の部屋や書斎を中心に調べた。 そして翌朝。予想は的中した。「見つかった?」 病院の廊下で、瑠理子が直之の電話を取る。淳とふたりで父の様子を見に来たところだった。隅の電話を受けてもいいスペースまで移動した。『ああ』「どこに?」『一郎さんの自室だ。飾り棚の裏に小型の盗聴器が仕掛けられていた』「……!」 やはりそうだった。 父と瑠理子が話した内容は、誰かに聞かれていたのだ!『しかも、かなり前から設置されていた可能性が高い』「そんな……」『家へ出入りした業者や使用人については、警察が調べている』「お願い」『それと、もうひとつわかった』「何?」『昨日届いたファックスだよ』 瑠理子の表情が変わる。「手帳?」『そう』「何か書いてあったの?」『義昭さんと会った日の記録だけじゃない。その数日前にも、義昭さんに関するメモが残ってる』「読み上げて」 直之が
それから三十分後。一郎は書斎で昔の資料を読み返していた。 家の中は静かだった。使用人の多くは別棟におり、夜間の警備も敷地の外周が中心だ。 だから、一郎は気づかなかった。裏手のサービス用出入口から一人の男が入ったことに。 男は帽子を深く被り、作業員のような服を着ていた。 手には複製された通用口の鍵。 廊下を進むのに、迷いがない。 最初から書斎の場所を知っている。 カチャ。 一郎が顔を上げた。「誰だ?」 扉が僅かに開く。「……?」 立ち上がった瞬間、男が一気に中へ入ってきた。「何者だ!」 一郎が叫ぶが男は答えない。「待て!」 一郎が腕を掴むが、男は振り払う。一郎の傍にあった手帳に手を伸ばし、男が手帳を掴む。 それに気づいた一郎も手帳を離さない。「渡さん!」 互いに引っ張り合うが、次の瞬間、男が一郎の胸を強く突き飛ばした。「うっ……!」 一郎の身体がよろめく。 背後には低いガラス製のテーブル。 避けようとしたが間に合わない。 ガシャン!! 派手な音と共に一郎が倒れた。「……っ」 割れたガラスで腕を切る。 額も床へ強く打ったため、視界が揺れる。「待て……!」 一郎は男の足首を掴んだ。 男が振り返る。 一瞬、殺意のようなものが宿るが、さすがに殺しはまずいと思ったのか、男は一郎の手を蹴り払うだけに留めた。「ぐっ……!」 手帳を掴んで、そのまま
「お父様」 瑠理子はスマートフォンを握り直した。「今、話してくれたことって、なにか証拠には残っていないの? メモとか、手帳とか」 なにかしらの証拠が残っていると、辿りやすいのだが……。『証拠になるかはわからないが、当時のことを書いた手帳ならあるぞ』「えっ!?」 まさか証拠になるものを父が持っているとは思わなかった!「その手帳、今どこにあるの?」『書斎だ。目の前にある』「絶対にそこから動かさないで」『瑠理子?』「それから」 瑠理子は直之を見る。 直之もすぐに意図を察したらしく、頷いた。「手帳の、義昭さんについて書かれているページ。前後も含めて何ページか、今すぐ直之さんのところへ送って」『送る?』「FAXでもいい。写真でもいいわ。とにかく原本以外の形で残して欲しいの」『そこまでしなくても』「お願い!」 思った以上に強い声が出た。電話の向こうで、一郎が黙る。「今、私たちが調べていることが真実に繋がっているなら、その手帳を、誰かが奪う可能性がある」『……』「お父様、帰ったら詳しく話そうと思っていたのですが、淳がお父様のことで脅されて、一人で港の倉庫に来いと呼び出しをされたのです」『なにっ!?』「一郎さん。僕の方から詳しく話します。実は――」 話がわかるように、一郎に簡単に状況を説明した。父が犯人の可能性があると思っていたが、もうそんな可能性はないと判断し、瑠理子は語った。それを淳がバトンタッチで代わってくれた。 淳は信じてくれたのだ。一郎が、義昭を――淳の父、そして彼の母を殺した犯人ではないということに。『そんなことが……そうか、わかった。今、瑠理子に頼まれたこと
瑠理子の全身に鳥肌が立った。誰もが驚き、何も言えなかった。 さっきまで机の上に並べていた資料。 川瀬、海原都市開発に、海原二郎。 その名前が、急に現実味を帯びて見えた。「お父様」 瑠理子は慎重に尋ねた。「義昭さんは、いつからその資金のことを調べていたって言ってた?」『それがな』 一郎が少し考えるように黙った。『昔から調べていたわけではないんだ』「……!」 瑠理子は淳を見る。『義昭君が気づいたのは、亡くなる少し前だと言っていた』「そうなの?」『ああ。当時、財務関係の数字を確認している時に、どうしても辻褄の合わない金の動きが見つかったらしい』 直之がすぐにメモを取る。『最初は単純な処理ミスだと思ったそうだ。だが遡って調べるうちに、現在の数字の食い違いが、何年も前の取引に繋がっていることが分かったと言っていた』「何年も前……」 瑠理子が呟く。『そこで昔の帳簿や取引記録を洗い直したらしい』 淳が身を乗り出した。「その中で、川瀬隆文の名前が出てきたんじゃないですか?」『……川瀬?』 一郎の声が変わった。「覚えてますか?」『もちろんだ』「どんな人だったんです?」『昔、財務部にいた男だ。仕事はできたよ。資金管理にも詳しかった』「やっぱり……」『ただ、途中で本社を離れている。その後は確か、関連会社へ移ったはずだ』「海原都市開発ですね?」 直之が答えた。『そうだ。そこだ』 一郎の声が低くなる。『待てよ……』「お父様?」『そういえば』 電話の向こうで、一郎が息
「その役員は――海原二郎副社長だ」「……!」 淳が顔を上げる。「二郎さんが……? そんなまさか」 彼は二郎を慕っている。もちろん、疑いたくない気持ちがあるのはわかる。「二郎さんが管掌していた。それだけで犯人とは言えないでしょう」 瑠理子は淳を見た。「ごめんなさい。私も彼を疑ってる」 淳が瑠理子を見る。「……二郎さんを?」「前から少し」「どうして言わなかったんです?」「証拠がなかったから」 そして。「淳に、私と同じ失敗をさせたくなかった」「同じ失敗?」「……思い込みで、人を犯人だと決めつけること」 前世では、与えられた情報しか信じなかった。その結果、すべてが壊れた。「だから、ちゃんと証拠を掴もうと思っていたの」「……そうですね」 淳が頷く。「しっかりと調べる必要がありますね」「ええ」 直之も頷いた。「僕も同意見だ。疑う価値はある。でも、まだそれだけだ」「川瀬って人に会えませんか?」「探している」「川瀬さんは生きているんですよね?」 淳の問いに直之は一瞬、黙った。「……どうしたんです?」「所在が掴めない」「え?」「四年前に会社を退職して、その後の記録が途切れてる」







